佐藤溪(イメージ) 

 

言  葉

昭和の時代に、全国を放浪しながら絵を描き詩を詠んだ、詩人画家・佐藤溪。
ここでは、溪が画業にすすむ前に志した詩作についてご紹介します。

 

小伝

1918年と云えば第一次欧洲の西部戦線異状なし
生国は広島
オギャアなんていって赤ん坊のときから出来が悪く
学生時代は更にボケて居て話にならず
兵隊ではひでエ目にあひ
終戦後は一寸と詩作に従事するも主として面倒臭い小説なんか
書かなければ喰えないことを理解したのでやめてしまった

ひところ別のペンネームでいろいろの芸術団体に属し
活躍ともいふべき一時期もありたれど
先輩とケンカなんていふつまんないことをしたりして
社会的な配流となる

それからずうっと自由な気持で手あたり次第に彩管を楽しんで
いるうちに もはや歳をとってしまい若き血に燃へなくなった
と同時に ケンカもしなければ 握手するのも大儀になった
じっさい笑ふまでもなく 思へば懐かしいものである
ただむかしのいろいろのことは水に流して
これから日本ぢゅうが いや世界といってもたいして大きなことではない
みんな仲よくやろう

 

天守閣

御覧なさい、かんじんのものごとは
きょうぐうのいいわるいにかかわりません
かねのあるなしにもかかわりません
わたくしの起居してゐるところは
どこでも天守閣と思ふ。

 

津軽海峡にて

ルンペンしながら北海道を廻ってきたのだ
絵を描きながら詩をおもひながら
だがそんなことはどうでもよさそうだ
重要なことは
どこでもニコニコしながら
手を振ってさようならをしたことなのだ

 

どうして

どうしてじぶんの りがいとくしつのこと
しか かんがゑられないのであろうか
じぶんのおややつまやこどものことしか
かんがゑられないのだろうか
みんなおんなじものなのにどうして
すべての生命のことをかんがゑないのだろうか
けっしてこわがらなくてもいヽことを
どうして じぶんだけのペースにはまり
こんでしまふのだろうか